地域猫活動とは…
●猫を排除するのではなく、地域の問題としてとらえ
1.猫といえども命あるものだという考え方で
2.その地域にお住まいの皆さんの合意のもとに
3.ボランティアを中心に猫を適正に管理しながら共生していこう
と、言う、人と人とのすてきなふれあいから生まれる、命にやさしい街作りです。
地域ねこ(地域猫)プランは地域の人々も地域行政も、
同じ目的の合意形成のもとで協力しながら、
ともに地域に働きかけ根付かせる「官民協働プログラム」です。
生物多様性と環境との関係をまもるヒントが、
地域ねこ協働プログラムにたくさんあります。
(以上、NPO ねこだすけさん「ねこファクトシート:地域ねこ計画」より)
今、日本の各地でこの活動が、有志によって活発に行われています。
しかしそれは個人、もしくは数人のグループによるもので、殆どの地区は行政側の支援もなく、周囲の理解を示さない方々から疎まれています。
かく言う、管理人自身は地域猫活動を全面的に肯定はしていません。
何故か…? 動物愛護のサイトを持ちながら、矛盾している事を言っているのは、似非愛護家か?
と、非難されそうですが、こんなご時世であるから「地域猫」なのであって、ただの野良猫であるからです。しかもそれは人の手によって捨てられた…
だから救いの手を差延べ、地域猫として街の猫として面倒を見ているんだ!…と、反発されそうですね。
「不妊去勢手術のススメ」でも書いていた事ですが、私は猫が街角で昼寝をしている風景が大好きです。「平和」で「のどか」な安心感があるから…
その猫は飼い猫かも知れませんし、野良猫かも知れません。ですが、見ているだけの私には分からない。その地域で皆で世話しているのかも知れないし、個人宅で家と外を行ったり来たりしているのかも…
でもそれって、いわゆる自然な姿ですよね? でもそんな姿が見れないほど、世の中平和ではなくなって来ているんですよね。
「地域猫活動」には「T(Trap)N(Neuter)R(Return)」がついて回ります。
(詳細参照HP:「のらねこ学入門」より「T.N.R. 運動とは?」)
餌やりは食べ残しの後始末、公共の場である場合が多い猫の集会所や餌場は常に清潔に掃除をしなくてはならない。勿論糞尿の始末もです。
餌やり・掃除・TRNがセットになって「地域猫活動」が成立し、周囲の共感も得られるのですが…中にはただ「かわいい」からと、言うだけで無責任に「餌だけ」を与える人も多く存在しています。
私が全面的に「地域猫活動」を肯定しないのは、そんな背景からではありません。
本来であれば保護し、終生飼養してあげるのが1番であると考えているからです。
野良猫から家猫へ…理想的な形であると思っています。
しかし人に馴れていない野良猫も、巷には多く存在しているのも事実です。
そんな子たちのための「地域猫活動」であると思います。
猫は野生動物でも、自然界の動物でもありません。
「動物の愛護と管理に関する法律」にも定められている「愛護動物」です。
「愛護動物」である以上、例え「野良猫」であっても人間が手を差延べなければならないのが義務です。
ゴミ集積所を荒したり、勝手に家の敷地内で糞尿をされたり、花壇や庭や車などを悪戯されたり…
「地域猫活動」は生きる為に必死な野良猫たちへ、居場所を作ってやる活動だと思います。
また往々にして、野良猫たちは虐待のターゲットにされ易いものです。しかし動物への虐待は、それだけには留まりません。いずれ人へ、それも弱い立場の子供や女性に向かって来るのです。「地域猫」として管理している猫たちが、その被害者になれば、自然と街全体の防犯意識も高まります。
そんな世の中であって欲しくはありません。が、しかし自分主義の風潮の中、寝食を惜しんで活動されている方々いらっしゃいます。
先に述べた理由で、私は全面的に肯定はしません。しかし、この「地域猫活動」は私たち自身の生活を守るためにも、決して軽視できないものであると思っています。
「動物が安心して暮せる街、誰にでも優しい街…、人も安全に暮らせる街です」
私にとっての「地域猫活動」は、
●別の角度から人も動物も安心して暮らせる街作りを推進すること。
●現場で活動している方々をサポートすること。
●有益な情報を1人でも多くの人に提供し続けること。
2006/04/16 UPDATE
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